庭の雑草を抜いている時 ふと父の言葉を思い出した

「雑草という名前の植物はないんだよ」

そう言う父は 自分の家の狭い庭を 植物だらけにしていた

家族として 近所の人から見栄えが悪いことや

蚊や蜂などの虫が多いことに 不都合を感じていた

段々と年老いていく父に

「お庭の植物の面倒を、私では見切れないから元気なうちに少し綺麗にしておいて」

と私は言った

それから父は 少しずつ 本当にすこしずつ 庭の植物を減らし

私の眼には雑草だらけに見えていた庭が 私にとっての庭らしい姿になった

私が雑草とひとまとめにし 価値が無い 邪魔なもの とした命を

父はどういう気持ちで摘んでいったのだろう

父は私が病気で動けなくなった時も 仕事をできなくて脛をかじり続けていた時も

「ちゃんとしろ、がんばれ、はたらけ」

とは言わなかった

雑草も そこに生きる命 そう感じる父の優しさで私は守られていた

人に褒められる綺麗な花を咲かせなくても 大事にされていた

抜いた雑草を 父の部屋にある 植物辞典で調べてみる

私の手の中には 仏の座