グリーフケアという単語

どんな時でも、言葉に対しては難しいなと思うことがある。
それは言葉の成り立ちそのものが、音や記号に対して共通認識があるという前提で成り立っているからで、その前提は思っているよりも間違っていると感じるからだ。

最近気にしているグリーフケア。
私自身もグリーフケア研修会という名前の講義をうけたが、この横文字の単語ははたして有効に機能しているのだろうか?

研修会の後で、あるお坊さんが言っていた。
「グリーフケアのことなんて知らなかった。もっとグリーフケアを学ばないとそれに関することなんて何にもできない」と。

このグリーフケアという新しい単語が、中身を未知のものにしてしまっているように思える。

なんかもっと、わかりやすい言葉にならないだろうか。
桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油
みたいな。

人が亡くなる時に起きる心身の反応に向き合っていくということ
みたいな。

ダメか、昨今のラノベみたいだ。